災害で命が失われないために、主体的に考え取り組む防災を
6月末から降り続いた雨は西日本を中心に豪雨となり、8府県で大規模な被害をもたらすこととなった。広島県では12市町で106名が命を奪われ、安芸郡坂町など14市町で住宅の全壊を伴う土砂災害などが発生、91河川が破堤、越水し床上浸水は17市町で2,125戸にも及んでいる(7月18日県災対本部)。これまでのところ、福山や三原、広島市、安芸郡などで土砂崩れや浸水によって深刻な被害を受けた会員、長期に及ぶ断水で診療中止を余儀なくされたり、困難ななか診療活動の継続に苦慮されたりした(している)会員が多くあることがわかっている。
この度の豪雨災害で、広島県の土砂災害発生数は全国の3割弱だが、死亡者数は7割を占めた。2014年にも77人の犠牲を出した広島県は土砂災害の警戒区域(特別警戒区域含む)に該当する地域が全国最多。国はこうした地域の基礎調査を19年度末までに行うよう求めていたが、広島県は6割程度(本年3月)の実施であったという。避難計画や構造規制を伴う調査や区域指定も早急に進められなくてはならない。
東日本大震災の際、防災教育の実践によって津波から子ども達を守った片田敏孝元群馬大学大学院教授は、左丘明の「居思安危思則有備有備無患」を用いて災害時の備えを説いている。避難の3原則、「想定に捉われるな」「最善を尽くせ」「率先避難者たれ」では、ハザードマップは過去の実績をもとにしたものでしかなく、「自分は大丈夫」「『今がその時』と思えない」という人間の特性をふまえ、それを打ち破るためには「率先して避難する者」が必要だという。また、避難の考え方についても、①evacuation(緊急避難)、②sheltering(滞在避難)、③refuge(難民避難)という3分類を示し、①は行政の避難勧告に依拠せず地域を含む住民が対応でき、②③は避難所の設置や物資や生活支援など行政が対応できる(する)ものとしている。片田氏は、防災教育の本質は「災害ごときで人が死なないための防災を主体的に考え取り組む姿勢を醸成すること」だと言い、脅しや知識先行では災害のイメージを固定化し想定に捉われることにもつながると否定する。
東京電力福島原子力発電所における政府の事故調査・検証委員会委員長を務めた畑村洋太郎東大名誉教授は、人間の記憶減衰の法則を次のように述べている。「3日目で個人が内容に飽きる。3ヶ月で関心が冷え、3年で忘れる。30年を経ると組織としての記憶が途絶する。60年で地域が忘れ、300年で消える。1200年経つと文章や文化として残存していたものすらなくなる」。痛ましい災害を経験した私たちは、そこで学んだ教訓を後世に伝え、地域の中に浸透させていく役割を担っているのだと自覚しなくてはならないのだろう。
この度の災害では断水による地域医療の空白が生じた。限られた情報と寸断され混乱した交通網のなか、水を確保するために奔走した医療機関の経験は、自治体組織の横断的な連携も含めた対応策に活かしてもらいたい。医療機関が直面した事実を把握し、何が必要かを主体的に考えたい。
今もまだ平常の診療に戻れない地域、もとの診療活動や生活を取り戻すことが容易ではない先生方もある。猛暑の中での作業や二次災害などに注意してほしい。地域の復興に医療は欠かせない。患者さんが待つ、地域の医療の担い手に復帰される日がくることを願っている。保険医協会としても、会員の支援、地域医療の復興に尽くしていきたい。
※「居思安危思則有備有備無患」左丘明
「安きにありて危うきを思う思えばすなわち備えあり備えあれば憂いなし」防災や危機管理の心構えを表現した成語。孔子の著書「春秋」の注釈書「春秋左氏伝」の記述より。