立法事実なき「土地規制法」の成立に抗議する~国会を愚弄する審議態度を改めよ~
「重要施設周辺及び国境離島等における土地等の利用状況の調査及び利用の規制等に関する法律案(以下「土地規制法案」)」が6月16日未明、参議院本会議で可決・成立した。衆参の委員会審議を合わせてもわずか26時間、会期末目前の夜中に採決が行われる異例さであった。「土地規制法」とは、自衛隊基地や米軍、国境離島、生活関連施設など、安全保障上重要な施設の周囲を「注視区域」に指定し、土地等の利用状況を調査し、指定施設に対する機能阻害行為又はその恐れがある行為に対する中止勧告・命令に違反した場合、2年以下の懲役もしくは200万円以下の罰金が科されるというものである。また「注視区域」のうち、司令部機能や警戒監視機能を有する自衛隊の駐屯地などの周辺を「特別注視区域」に指定することができ、200㎡以上の土地売買については、事前の届出を義務付ける。
政府は、外国資本による北海道千歳市や長崎県対馬市の自衛隊基地周辺の土地購入事例を挙げ、地元から不安や懸念の声があることを理由に法案の必要性を説明してきた。しかし審議を通じて、北海道千歳市が同法の「注視区域」には含まれていないこと、地元議会から意見書提出などの実態がないことが明らかになった。防衛省は、防衛施設周辺の土地の所有によって、自衛隊や米軍の運用等に支障が生じている事実はないと答弁しており、この法律には法律の根拠となる立法事実が存在しないのである。
土地等の利用状況の調査内容や調査手法、調査対象者の基準等、何をもって機能阻害行為とみなすのか、など具体的なことを定める文言はなく、国会審議でも説明されていない。法文では「その他政令で定めるもの」とされ、政府の恣意的な運用による思想・良心の自由やプライバシー権の侵害、私権制限につながることが懸念される。6月14日の参議院内閣委員会では、与党推薦の参考人からも「条文案を読むだけでは様々な憶測が広がる恐れがあることを痛感」と指摘されているが、国民の権利を侵害する可能性、内閣総理大臣に集中する権限、これらの問題点をどれだけの国民が認識できていただろうか。国会での不十分な説明、不誠実な答弁は、主権者を軽視し国会を愚弄する行為に他ならない。
3月26日には、総額106.6兆円となる2021年度予算が成立した。そのうち、防衛費は5兆3235億円と過去最大を更新した。さらに政府は、昨年12月18日に「イージス・システム搭載艦」2隻の整備、敵の射程圏外から攻撃を可能とする「スタンド・オフ・ミサイル」の開発、12式地対艦誘導弾能力向上型(SSM)の開発を明記したミサイル防衛に関する文書を閣議決定している。4月17日には、日米首脳会談で菅首相が「防衛力強化への決意」を示したという(会談後の共同記者会見より)。前安倍政権時からの、日米安保条約下での米国追従が継続され、現政権で更なる軍備拡大が行われることが危惧される。
先の国会では、感染症が蔓延するなかで患者窓口負担増や病床削減を含む決定が続いた。医療や介護にかける費用が削られ続けている一方で、攻撃可能な能力(装備)の拡大に多額の財源が注がれる。立法事実のない「土地規制法」を強引に成立させた背景には、国民監視を強め、改憲に抵抗する国民の声を封じようという思惑があるのではないか。
日本国憲法を重んじその実現を目指す我々は、「土地規制法」の成立によって、基本的人権が阻害され、権力の集中による独裁政治につながることを強く懸念する。くわえて、民主主義・国民主権を蔑ろにする国会審議を繰り返し、国民の命を守るべきときに、果たすべき役割が認識できない政権に強く抗議する。