歯科技工の窮状を打開し、「保険でより良い歯科医療」を実現するために、歯科医療費の総枠拡大を求める

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 日本の歯科技工が危機に瀕している。歯科技工士養成学校の入学者数は、1991年から2023年の間で3154人から736人に減少、72校あった養成学校は47校にまで減少している。歯科技工に従事する者は、2000年の3万7244人をピークに減少傾向へ転換、2023年は3万4826人となっている。歯科技工士の有資格者は2018年時点で12万157人となっているが、7割以上が就業しておらず、若年層の離職も多くなっていることから、歯科技工士の高齢化が進行している。2018年の数字を見ると、50歳以上の歯科技工士が約5割を占め、こうした状況を放置し続ければ、近い将来、歯科技工物の安定供給にも影響を与えかねないことが危惧されている。

 歯科技工士不足には、長時間労働と給与水準が低いことが背景にあると言われている。印象採得、義歯の製作、義歯の調整や修理など、専門的な技術と鍛錬を要する職種でありながら、技工を学んだ者が技工士として働くことを選択しない、あるいは転職を余儀なくされる現状は、技術の継承を危うくする事態を招く。1988年5月に厚生労働大臣は、歯科技工の診療報酬について歯科技工士の製作技術料を7割、歯科医師の製作管理料を3割とする大臣告示を示した。しかし、大臣告示を発出した直後の疑義解釈では、「個々の当事者を拘束するものでない」と通知した。「7対3」大臣告示を示しながら、その実効性に責任を持たず補綴技術料の適正な評価や取引ルールの整備を怠ってきた政府の責任は重い。こうしたことが歯科技工士の低賃金・長時間労働を常態化させ、今日の歯科技工の現状を招いている。

 歯科技工士側では、「7対3」遵守を求める声も根強い。しかしながら、現在の低く据え置かれたままの歯科診療報酬でこの問題を解決することには困難が大きい。医療経済実態調査結果では、2019年から2020年にかけて個人歯科診療所の損益比率はマイナス1.6%、最頻値となる損益差額階級は250万円以上500万円未満、損益差額500万円未満の歯科医療機関は32.8%と厳しい水準にある。1991年から2020年の30年間で、国民医療費は21.8兆円から42.9兆円に倍増している。しかし、歯科医療費は9.7%(2.1兆円)から6.9%(3.0兆円)に低下、実増9000億円に抑えられている。タイムスタディ調査などを用いて適正な点数を試算したケースでも、1992年当時の歯科医療費9.8%を、現在の国民医療費に換算した場合でも歯科医療費は4兆円規模となる。本来、確保されるべき歯科医療費が、約1兆円削られているということである。

 2022年度の歯科診療報酬改定率は、わずかプラス0.29%で歯科医療の現状を打開するにはほど遠いものであった。低歯科医療費政策のもとでは、メタルボンド冠や金属床義歯など、一般的に普及している治療技術でも保険適用されないなど、新たな保険適用に抑制的な力がはたらくことにもなっている。厚労省は、歯科医療について、保険診療と自費診療の「トータルバランス論」に固執し、歯冠修復・欠損補綴の一部で混合診療を認めるなど、保険医療の充実を求める国民の声からも背を向けている。

 歯科技工は歯科医療にとってなくてはならないものであり、歯科医療機関と歯科技工士がともに事業活動を継続できる改善策が求められている。それには、歯冠修復・欠損補綴を中心とした基礎的技術料の引き上げ、適切な委託技工料を確保する実効的な取引ルールの策定が必要である。歯科技工の窮状を打開し、「保険でより良い歯科医療」を実現するために、歯科医療費の総枠拡大を求める。